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2018年11月 9日 (金)

**見えない理由**

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私達が地球と共に変化をして行く事(次元変化して行くこと)を、列車の旅に置き換えてみましょう。

普通の列車の旅であれば座席に座って、流れ去る景色を楽しみながら移動するのが普通ですね。
でも今回は、その「景色(地球)」自体も列車に乗る自分と同じ速度で走って行くと言う、何ともおかしな旅なのです。

景色である地球も一緒に動く(変化して行く)と言うのは、外の景色も一緒になって進んでいる事になり、いつまで経っても見ている風景が変わらないのです。

始発駅を出発して列車は走行しているはずで、走行の振動はあるのに(これは内面の体感や体調、今まで体験しなかった未知の出来事の経験など)景色が変わらないと言う不思議な状態(こちらは自分を取り巻く環境や、目や耳に入ってくる外の情報や光景)です。

地球と私達が同時に移動(変化)している為大きな変化を感じられない、または「見えない」となってしまうのです。

この変化を今、列車で例えたのですが、実際は周波数の変化とい言う事なのです。

でも実際は地球も私たち一人一人も皆、必ずしも同じ速度で周波数が変化しているわけではなく、同じ速度で変化しているように見えても微妙な違いがあるため時空間の歪みのような不可解が起こる事もあります。

例えば記憶のすれ違い、物忘れ、ある場所にあるはずの物が消えてしまったり、逆にありえないところから出て来たりすることもあります。
ただこの程度の変化は、とても小さい事なので、思い違いとか勘違いで済ませてしまう事も多いでしょう。

また少し例えを変え、今度は高速道路を走る車でお話ししてみましょう。

今自分が運転する車が高速道路を一定のスピードで走っているとします。
その時右横を並走する同じスピードの車がいたら、止まっているようにも見え助手席に乗る人の顔がよく見えます。

でも右の車がアクセルを踏み込むと、あっという間に自分より先に進んでしまいます、逆に自分がアクセルを踏み込めば、右横の車は後ろに流れて行きます。

車の運転は実際はこんな感じで抜いたり抜かれたりを繰り返しながら進んでいるのが普通です。
これと同じように個人個人の周波数の変化も一定スピードで進むのではなく、アクセルの踏み込みのように微妙に変化して行くものなのです。

それを一人一人の変化に置き換えると分かりやすいかもしれません。
今まで共に進んで来たと思っていた人が、急に疎遠になり始めたり、逆に新しい出会いが始まったり、今まで遠かった友人が帰ってきたり・・

これから先、そんな事が起こってくるでしょう。
いや、中には既にそうした事が日常の中で頻繁に起こって来ている人もいるかもしれませんね。

また自分や相手という「人」だけが変化するのではなく物や情報、感覚も同じように変化して行きますので、好きだった事に興味をなくしたり、今まで気がつかなかった(興味を示さなかった)事が急に身近に感じるようになったりする事もあるでしょう。

また2台の車だけに焦点を当てて景色を見ていないとすると、自分たち2台がスタート地点からどれだけ離れているかに意識を向ける事はありませんね。
でも実際はスタート地点は既にはるか彼方に遠ざかって(置いてきて)しまっています。

たまには「宇宙規模」とまでは言いませんが、もう少し大きな視野で、一点に集中する事なく広く視野を広げると、どれだけの変化が起こっているかに気がついてびっくりする事があるかもしれません。

昨年くらいまでの速度変化(周波数変化)では、人類も地球も個人差が少なく変化をあまり感じなかったかもしれません。
ところが2018年に入ってからの1年弱の間に、個人差が大きく開く事が起こり始めているように感じています。

さらに自分自身の周波数の変化が起こってくると第3の目(サードアイ)も開いて来ますので、変化を五感を超えた知覚として認識出来ています。

同じ世界情勢や環境、ニュースや情報に触れた時、報道される表面的な事柄が同じであっても、個人個人その同じ報道内容から何を感じ、どう捉えて行くかによって違いが出て来たとしたらそれこそが周波数の違いとも言えるのだと思います。

今までは一つの報道や情報があったとして、その一側面だけをみている「一律」の次元でしたが、その奥にある別の意味や真実を一人一人が個別に自分なりの感覚や判断で汲み取って行くことが、新しい次元の有り様になるでしょう。

これって「真実は一つだけではない」と言う事でもあるんですよね。

ところで、最近額の辺りがムズムズすることはありませんか?
それ、もしかしたらサードアイの開眼が始まっているのかもしれません。

その目で見れば、現実の物理的な視点では見えない大きなうねりのような変化が必ず見えるはずです。
これは見えると言う表現より「感じる」もしくは「理解出来て来る」と言う表現の方がいいかも知れません。

目で見ると言う事は五感です、でもサードアイで見るものは「感覚」なので、言葉や文字での共有が難しい場合もあるのです。
それを伝える良い方法が「詩」や「音楽」、「絵画」や「触れ合い」、そして何より「感情というエネルギー」だと思います。

これからさらに観念的な理解がとても重要になって来るはずです。

サードアイのお話はまた別の機会にしようと思います。
今後のワークショップでもサードアイの開き方など取り上げてみようかなと思っています。

ではでは~










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